丸山珈琲の品質の追求

丸山珈琲の始まり

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丸山珈琲の創業は、丸山が23歳のときのこと。

それまで定職に就くこともなかった丸山が、海外を放浪して身につけた英語を生かした仕事でも始めようかと考えていたときのこと、「美味しいコーヒーを出す喫茶店もいいかな」と思いついたことがきっかけで、すべてが始まります。(もともとは紅茶党)

1990年8月、かつてのペンションのダイニング(現 軽井沢本店)で、手網を使って自ら焙煎して淹れたコーヒーと、自慢のインドカレーを提供する「喫茶 エイコーン」を一夏だけ営業しました。

その後、1991年4月、追分(おいわけ)で知人が営んでいた喫茶店「柊」をお借りしてはじめた喫茶店が、丸山珈琲の起原となります。「柊」での喫茶店営業を終え、1993年には軽井沢南平台の別荘地に家を借りて自家焙煎を行い、無店舗でコーヒー豆の販売(配達)を始め、1995年の夏、現 軽井沢本店のあるペンションに戻り、丸山珈琲軽井沢本店の営業をスタートさせました。

 

最初は " 焙煎 ですべてが決まる " と思っていた!

4928765242_5976b419a6丸山は、焙煎という職人的な仕事に魅了され、その頃は「どんなコーヒー(豆)でも美味しくなる " 究極の焙煎技術 " 」を追求していました。つまり、コーヒーの美味しさは「焙煎で全て決まる」と思っていたのです。

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それから10年もの間、丸山は焙煎を追求し続けるばかりでなく、少しずつ素材(品質)の重要性とその魅力に興味を抱くようになっていきました。

 [ 左写真 ]
小諸焙煎工場ができる2008年まで、現在の軽井沢本店にあった焙煎小屋の様子。

 

素材(品質)の追求:本当のコーヒーの美味しさは生産現場で決まる!

当時普及し始めたインターネットによって、のちの買い付け仲間となるお店のオーナーたちと出会い、海外で急速に普及していた スペシャルティコーヒー という全く新しいコーヒーの存在を知りました。そして、カップ・オブ・エクセレンス(COE)のプログラムで産地に行く機会を得た丸山は「本当のコーヒーの品質は生産現場で決まること」を痛感し、産地訪問を繰り返すようになりました。こうして、丸山はコーヒーの品質を追い求めるようになっていったのです。

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このCOEの基準を血肉化するために、国際品評会と産地に足繁く通い続けた丸山は今、国際品評会に世界で最も多く参加する国際審査員となりました。そして丸山は、数多く見てきた産地や出会った生産者を通じ「純粋なコーヒーの風味の素晴らしさ」をつくづく感じるのでした。

 

丸山珈琲のコーヒーの最大の特徴 = クリーンさ!

そんな丸山が自ら買い付ける丸山珈琲のコーヒの最大の特徴は " クリーン " であることです。

これは、コーヒーチェリーが持つポテンシャル(風味特性)を味の汚れなどで遮ることなくありのままに輝かせているコーヒーの状態を言います。

 

そんな高品質の素材の風味特性を最大限に生かすために、その繊細な味の再現性に優れたスマートローリングという焙煎機を、2008年の小諸店オープンに合わせて導入しました。

 

人材の育成こそ " 美味しさをお届けする力 "

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丸山が産地に赴き、直接買い付けを行うことは店を留守にすることになります。

そこで、丸山の "素材の持ち味を生かした独自の焙煎技術" を伝承された焙煎人の育成と、そのコーヒーを抽出しお客様に提供するバリスタ等 人材の育成に力をいれてきました。その人材の成長とともに、丸山も安心してより素晴らしい素材を求めて海外へ赴ける現在の丸山珈琲の姿へと変化してきたのです。

 

バリスタの誕生!

4782196388_c8d6c4905e_z丸山珈琲がバリスタの育成に力を入れ始めたのは、2006年。

産地〜お客様のカップ一杯に至るすべてのプロセスに密接に関わる丸山珈琲にとって、バリスタは、お客様にコーヒーの魅力をお伝えする最後のメッセンジャーです。

素材や焙煎がよくても、抽出・提供を担うバリスタがそれを生かしご案内できなければ台無しです。そんなバリスタの育成の一貫として、2006年以降のバリスタ国内大会に何名ものバリスタが出場し、その経験を積んできました。それは経験で終わることなく、丸山珈琲のバリスタ精神として根付き、日々の業務や後進の育成に役立てるとともに、安定的にお客様にコーヒーの美味しさをお届けしています。